坊っちゃん劇場観劇

2019年5月30日 12時30分

 昨日、坊っちゃん劇場にて、ミュージカル『瀬戸内工進曲』を鑑賞して来ました。

 これは、世界でも有数の産出量を誇る別子銅山がある新居浜を舞台に、明治30年代、鉱山の責任者として煙害問題や植林事業に尽力した偉人・伊田清剛(第2代純友総理事を務めた伊庭貞剛がモデル)の息子清吉が、自らの精神的弱さや身分違いの恋に悩みながらも、煙害に苦しむ人々のために父とともに奮闘する物語です。

 なかなか素晴らしい物語で、特に第2幕の内容には心が揺さぶられ、感動してしまいました。上演後、演者の方々と集合写真を撮影させていただきましたので、紹介します。

 なお、別子銅山は昭和48(1973)年に閉山し、約280年にわたる歴史を閉じましたが、新居浜市にはその遺構が現存し、観光名所にもなっています。更新担当者が撮影した写真を掲載しますので、併せてご覧ください。

【東平の貯鉱庫跡】

 東平(とうなる)は標高750m付近に位置し、大正5(1916)年から昭和5(1930)年まで採鉱本部が設置されていた場所です。銅山設備の周りには、社宅・小学校・娯楽場・接待館が建てられ、採鉱本部が端出場(はでば・現マイントピア別子)に移されたあとも昭和43(1968)年に閉山するまで賑わいました。 

 現在は「東洋のマチュピチュ」と呼ばれる観光名所となっていて、マイントピア別子からバスが出ています〔要予約〕。

 

 【打除鉄橋】

 マイントピア別子の観光鉄道 打除駅近くを流れる足谷川に架かる鉄道用の橋です。明治26年の鉱山鉄道開通に合わせてつくられました。この橋は、小川東吾により、鉱山専用鉄橋として設計され、鋼材の連結点がピン(鉄の丸棒)を用いて組み立てられトラス構造(三角形を基本として組んだ構造形式)になっていることから、ピントラス橋とも呼ばれています。

 

 【第四通洞】

  採掘場が山の上部から下部へ移行するのにともない、東平の第三通洞に続く主要な水平運搬坑道として、明治43(1910)年2月に開削を始めました。大正4(1915)年9月に第三通洞と繋がる深さ約582mの立坑である大立坑までの4,596mが完成し、大正8年から運用されました。

 この坑道は、昭和48年の閉山まで使用されていました。

 

 【端出場水力発電所】

 別子銅山に電気を供給するため、明治45(1912)年、わが国最大級の出力3,000kWでつくられました。大正12(1923)年には、四阪島精錬所に電気を供給するため、発電機と水車各1台を増設して、出力を4,500kWに増強。その後、出力を4,800kWに増強し、別子銅山のさらなる近代化に大きく貢献しました。

 平成23(2011)年に国の登録有形文化財に登録されました。

 

 【山根収銅所】

 坑内排水を処理するための施設で、明治38(1905)年に完成し、100年以上も昔から使われ続けています。坑内排水は、雨が山にしみこんだり、地下から湧き出たりした水に銅鉱石が触れることで銅が溶け出した水で、そのまま川に流してしまうと、環境に悪い影響を与えてしまいます。

 ここでは、銅を鉄に触れさせると銅に鉄がくっつく化学反応を利用して、坑内排水の銅成分を除去しています。

 

 新居浜市には、この他にも別子銅山の遺跡や資料館等がたくさんあります。ぜひ一度足を運んでみてください。